ロングコビットと抗コロナ薬について
ロングコビットと抗コロナ薬について
新型コロナウイルス感染症の患者が毎日来院し、多くは軽症であるため、抗コロナ薬の使用を勧めても、ほとんどの患者が必要性を感じません。薬価の高さと休息による自然治癒の認識がその理由かもしれません。しかし、先日来院した30代の女性は、自ら抗コロナ薬を希望しました。彼女はワクチン未接種であり、この選択は賢明だったと考えられます。
長期的なCOVID、いわゆるロングコビットは、我々がこれから直面する大きな問題です。2022年の調査によれば、日本の人口の10-20%がロングコビットを経験しています。経済的影響も無視できず、2024年には18億以上の労働時間が失われ、720億ドル以上の損失が見込まれています。厚生労働省はガイドラインを発行し、科学的知見に基づいて診断と管理を行うよう推奨していますが、サポートグループの不足や知識の欠如がスティグマや誤解を生む結果となっています。
さらに、複数回の感染がロングコビットのリスクを高めることが明らかになっています。この事実は、感染防止対策の重要性を再認識させます。また、ワクチン接種がある程度ロングコビットのリスクを低下させることも確認されています。これは予防の観点から重要な情報です。
主なポイント
• 日本では、長期的なCOVIDの定義は、感染後3か月以内に症状が続き、少なくとも2か月間続くものとされています。
• 長期的なCOVIDは経済的にも大きな影響を与える可能性があり、2024年には18億以上の労働時間が失われ、720億ドル以上の損失が予測されています。
• 厚生労働省は、長期的なCOVIDの診断と管理に関するガイドラインを発行しています。
• 日本では、長期的なCOVID患者を支援するための専門的なサポートグループはほとんど存在せず、知識の欠如や理解不足がスティグマや誤解を生む結果となっています。
• ワクチン接種がロングコビットのリスクを低下させることが確認されています。
数字で見る長期的なCOVID
• 2022年の調査では、日本の人口の10-20%が長期的なCOVIDを経験しています。
• ワクチン接種率は以下の通りです:
• 少なくとも1回の接種:83%
• 完全な初回シリーズ:82%
• 少なくとも1回のブースター接種:68%
• 累計COVID-19症例数は3,380万人に達しています。
ロングコビットの全体的な影響を理解し、その管理と支援が必要です。薬価の高さが治療の障壁となっている現状を考えると、経済的負担を軽減するための対策が急務です。長期的なCOVIDとの戦いはこれからが本番であり、我々医療従事者もその対策に尽力しなければなりません。
セロトニン症候群について
セロトニン症候群について
セロトニン症候群は、脳内のセロトニンの過剰な増加によって引き起こされる危険な状態です。主にセロトニン作動薬の過剰投与や薬物の相互作用によって発生することが多く、早期の発見と治療が非常に重要です。
セロトニンとは?
セロトニンは神経伝達物質の一つで、気分の調整や睡眠、食欲など多くの生理機能に関与しています。通常、セロトニンは適切なバランスを保っていますが、特定の薬物によってそのバランスが崩れることがあります。
セロトニン症候群の原因
セロトニン症候群は、以下のような状況で発生することがあります:
• 複数のセロトニン作動薬の併用: 例えば、抗うつ薬(SSRIやSNRI)と鎮痛薬、抗吐薬など。
• 薬物の過剰投与: セロトニン作動薬の過剰摂取。
• 薬物の相互作用: 複数の薬物が互いに作用してセロトニンのレベルを異常に上昇させること。
主な症状
セロトニン症候群の症状は、軽度から重度まで幅広くあります。主な症状には以下が含まれます:
• 精神症状: 焦燥、不安、混乱、錯乱、激しい興奮
• 自律神経症状: 発汗、発熱、動悸、血圧の変動
• 神経筋症状: 筋肉の震え、反射亢進、筋硬直、けいれん
診断と治療
セロトニン症候群の診断は、臨床症状と薬物歴に基づいて行われます。血液検査や画像診断などは補助的な役割を果たします。
治療法:
• 薬物の中止: セロトニン作動薬の使用を直ちに中止します。
• 支持療法: 体温管理、水分補給、酸素療法などの対症療法が行われます。
• 薬物療法: 重度の場合、ベンゾジアゼピンなどの薬物が使用されることがあります。
予防と注意点
セロトニン症候群を予防するためには、以下の点に注意することが重要です:
• 医師の指示を守る: 処方された薬は指示された通りに服用し、自己判断での薬の増減は避けましょう。
• 薬物の相互作用に注意: 複数の薬を服用している場合、それぞれの相互作用について医師に確認することが重要です。
• 症状に敏感になる: 異常な症状が現れた場合は、直ちに医師に相談してください。
症例: ある女性のケース
数年前、ある女性が受診した際にセロトニン症候群の既往があることを知りました。この患者は、他院でパニック症の治療中にパキシル(パロキセチン)10mgとセディール(タンドスピロン)を併用処方を受けました。服用開始後、突然激しい不安感と身体症状が現れ、頭がぼうっとする感覚が続き、その病院に救急搬送されました。医師による診察と薬物歴の確認により、セロトニン症候群の既往が疑われ、直ちに薬物の中止と適切な治療が行われました。患者はその後、無事に回復しましたが、薬物の相互作用とセロトニン症候群のリスクについての認識が重要であることが再認識されました。
結論
セロトニン症候群は迅速な対応が求められる緊急事態です。症状の認識と適切な治療により、重篤な結果を避けることが可能です。日常生活での注意と医師との連携が、セロトニン症候群の予防に大いに役立ちます。
この情報が、セロトニン症候群についての理解を深める一助となれば幸いです。何か気になる症状があれば、すぐに医師に相談しましょう。
生活習慣の改善で認知症のリスクを軽減させる
生活習慣の改善で認知症のリスクを軽減させる
認知症は多くの高齢者が直面する深刻な健康問題ですが、生活習慣を改善することでそのリスクを大幅に低減することができます。特に、運動、健康的な食事、高血圧のコントロール、難聴への介入、歯の健康管理が重要です。以下に、これらの具体的な方法と日本型地中海食について詳しく説明します。
1. 定期的な運動
運動は心血管の健康を維持し、脳の健康にも寄与します。週に150分程度の中程度の有酸素運動(ウォーキングやサイクリングなど)は、脳への血流を増加させ、神経細胞の健康を保ちます。また、運動はストレスを軽減し、睡眠の質を向上させる効果もあります。研究によると、定期的な運動は認知症の発症リスクを30%から50%低減させることが示されています 。
2. 健康的な食事
地中海食やDASH食(高血圧防止食)は、認知症のリスクを低減する効果があります。これらの食事は、野菜、果物、全粒穀物、ナッツ、オリーブオイル、魚を中心としたバランスの取れた食事です。特に、オメガ-3脂肪酸が豊富な魚や抗酸化物質を含む野菜と果物は、脳の健康を維持する上で重要です 。
3. 高血圧のコントロール
高血圧は認知症のリスク要因の一つです。血圧を適切に管理することで、脳へのダメージを防ぎ、認知機能を維持することができます。生活習慣の改善(減塩、運動、ストレス管理)に加え、必要に応じて医師の指導のもとで降圧薬を使用することが推奨されます。血圧の管理が適切に行われると、認知症のリスクが最大で20%減少することが報告されています 。
4. 難聴への介入
難聴は認知機能低下のリスクを増加させる重要な要因です。聴覚の低下は社会的孤立を引き起こし、これが認知症のリスクを高めます。補聴器の使用や聴覚リハビリテーションは、聴覚機能の改善だけでなく、認知機能の維持にも寄与します。研究によると、補聴器を使用することで難聴の人の認知機能の低下を48%抑制できることが示されています 。
5. 歯の健康管理
歯の数が減少すると、咀嚼能力が低下し、これが脳への刺激の減少と栄養状態の悪化を引き起こす可能性があります。残存歯数が多いことは、海馬の萎縮を防ぎ、白質病変の進行を遅らせる効果があります。定期的な歯科検診と適切な口腔ケアを行い、歯の健康を維持することが重要です 。
日本型地中海食の導入
久山町研究の結果からも示されているように、健康意識の高まりによる生活習慣の改善が認知症の有病率低下に寄与しています 。日本型地中海食は、このアプローチの一環として有効です。以下のように、地中海食の要素を日本の食文化に取り入れた食事が推奨されます:
1. 糖質の制限:
• 白米の代わりに玄米や全粒穀物を使用。
• 野菜や果物を多く摂取し、精製糖の使用を控える。
2. 塩分の制限:
• 塩分摂取を減らすために、減塩製品を選び、ハーブやスパイスを使用。
3. 健康的な油の使用:
• オリーブオイルやエゴマ油、ゴマ油を使用し、揚げ物を控える。
4. 魚の摂取:
• 青魚(サバ、イワシ、サンマなど)を週に2回以上摂取。
5. ナッツと種子:
• アーモンド、クルミ、ゴマなどをスナックや料理に取り入れる。
6. 乳製品の役割:
久山町研究によると、乳製品の摂取は認知症リスクの低減と関連しています 。カルシウム、ビタミンD、ビタミンB群など、乳製品に含まれる栄養素は脳の健康を保つ上で重要です。無糖ヨーグルトや低脂肪乳を日常的に摂取することで、認知機能の維持に寄与します。
結論
健康的な生活習慣を実践することで、認知症のリスクを大幅に低減させることができます。運動、健康的な食事、高血圧のコントロール、難聴への介入、歯の健康管理を意識して、日常生活に取り入れましょう。特に、日本型地中海食は日本の食文化に適合した形で、認知症予防に効果的な食事パターンを提供します。
アポE4は遺伝子疾患ではないが、リスク管理が重要
アポE4は遺伝子疾患ではないが、リスク管理が重要
下畑享良教授の講演に対する異論
7月21日のVas-Cog総会での下畑享良教授の講演の中で、アポリポプロテインE4(ApoE4)遺伝子を有することは遺伝子疾患とも言える、というニュアンスの発言がありました。この点に関しては、町の保健室の医者としては少々異論があります。
家族性アルツハイマー病の遺伝子とApoE4の違い
家族性アルツハイマー病(FAD)は、主にAPP、PSEN1、PSEN2遺伝子の変異によって引き起こされるもので、これらは単一遺伝子の変異が直接的に疾患を引き起こします。一方、ApoE4は多因子的な影響を受け、単独で疾患を引き起こすわけではありません。その発症には、エピジェネティックな因子や環境要因も大きく関与しています。
ナイジェリアの事例
ナイジェリアは、ApoE4の頻度が高いにもかかわらず、認知症の発症率が低い地域として知られています。ナイジェリアの高齢者におけるアルツハイマー病の発症率が低い理由として、以下の要因が考えられます。
健康的な生活習慣
ナイジェリアでは、伝統的な食生活が続いており、野菜や果物、穀物が中心の食事が一般的です。また、日常的に高いレベルの身体活動が行われており、これが脳の健康に寄与していると考えられます。
社会的環境
強い家族やコミュニティの絆があり、社会的な支援が豊富な環境が、認知症リスクの低減に貢献している可能性があります。
リスク管理の重要性
ApoE4を持つことがアルツハイマー病の発症を必然的に運命づけるわけではありません。ApoE4は強力なリスクファクターであり、そのリスクを管理するための具体的な方法を理解し、実践することが重要です。
1. 健康的な食生活
抗炎症性の食事: 野菜、果物、ナッツ、魚、全粒穀物を豊富に含む食事は、炎症を抑え、脳の健康を支えるのに役立ちます。特に地中海式ダイエットは、アルツハイマー病のリスクを低減する効果があるとされています。
糖質制限: 高血糖状態がアルツハイマー病のリスクを高めることが示されています。適度な糖質制限を行い、血糖値を管理することが推奨されます。
2. 定期的な運動
有酸素運動: 毎日少なくとも30分の有酸素運動(ウォーキング、ランニング、水泳など)を行うことで、脳の血流が改善され、認知機能の維持に寄与します。
筋力トレーニング: 週に数回の筋力トレーニングも、脳の健康に良い影響を与えることが知られています。
3. 精神的・社会的活動
知的活動: 読書、パズル、チェスなどの知的活動を行うことで、脳の活性化が促進され、認知機能の維持に役立ちます。
社会的交流: 家族や友人との交流を大切にし、社会的なつながりを維持することも重要です。孤立は認知症リスクを高めるため、積極的にコミュニティ活動に参加することが推奨されます。
4. 良質な睡眠
睡眠の質を高める: 睡眠不足や質の悪い睡眠は、アルツハイマー病のリスクを高めることが示されています。毎晩7-8時間の良質な睡眠を確保するために、寝室の環境を整え、規則正しい睡眠習慣を維持することが重要です。
5. ストレス管理
リラクゼーション技法: 瞑想、ヨガ、深呼吸などのリラクゼーション技法を取り入れることで、ストレスを軽減し、全体的な健康を向上させることができます。
疾患としての兆候と治療
ただし、ApoE4を持つ人に疾患の兆候が見られた場合、レカネマブのような疾患修飾介入も検討されるべきです。レカネマブは、アルツハイマー病の進行を遅らせる効果が期待される治療法であり、早期介入が重要です。
結論
ApoE4を持つことはアルツハイマー病のリスクを高めますが、それは運命づけられたものではありません。適切な生活習慣の改善やリスク管理を通じて、ApoE4保有者でもアルツハイマー病の発症リスクを大幅に低減することが可能です。自己管理と健康的なライフスタイルを維持することで、ApoE4保有者がより健康で充実した生活を送ることができるでしょう。また、疾患としての兆候が見られた場合には、早期の治療介入も重要です。
Vas-Cog(日本脳血管・認知症学会)の学会参加について
Vas-Cog(日本脳血管・認知症学会)の学会参加について
一昨日と昨日のVas-Cog学会(日本脳血管・認知症学会)にオンラインで参加しました。この学会は、脳血管障害および認知症に関する最新の研究成果や治療法について議論する場であり、医療専門家が集まって情報を共有する重要な機会です。今回の学会で特に印象に残った点をまとめました。
印象に残った点
1. 抗体療法の疑問
下畑享良教授の発表では、抗体療法に対するいくつかの疑問が提起されました。特に、抗体療法が本当に病態抑止として機能するかどうかについての疑問が強調されました。これは、抗体療法がAβの除去によって一時的に症状を改善するものの、長期的な効果やリスクについては不確かな部分が多いことを示しています。
2. レカネマブの効果と限界
レカネマブはAβプラークを標的とする抗体療法であり、アルツハイマー病の進行を18ヶ月の治療期間で約20~30%遅延させることが示されています 。しかし、その効果は限定的であり、長期的な効果についてはまだ十分なデータがなく、さらなる研究が必要です。
3. 脳浮腫や脳出血のリスク
抗体療法の主なリスクとして、アミロイド関連画像異常(ARIA)として知られる脳浮腫や脳出血が挙げられます。特に、ApoE4遺伝子を持つ患者では、これらの副作用のリスクが高くなるため、治療前の遺伝子検査が推奨されます 。
4. ApoE4を有する人のジレンマ
ApoE4遺伝子を持つ患者は、アルツハイマー病のリスクが高い一方で、副作用のリスクも高いため、治療選択が難しいというジレンマに直面しています。この遺伝子はある意味で遺伝性疾患的側面があり、治療の選択が難しいことが示されました。
5. アミロイドβの生理機能
アミロイドβは、単なる「悪玉」ではなく、正常な生理機能を持つ可能性があることが指摘されました。これにより、Aβの完全な除去が必ずしも良い結果をもたらすわけではなく、その生理的役割を考慮した治療が必要です 。
まとめ
下畑享良教授の発表は、レカネマブをはじめとする抗体療法の現状と課題を詳細に示し、特にApoE4遺伝子を持つ患者に対する治療の複雑さを強調しました。これらの点は、今後のアルツハイマー病治療において重要な考慮事項となるでしょう。