脳に病理があっても、記憶力は守れる? 認知レジリエンス――脳の働きを守る仕組みを探る
脳に病理があっても、記憶力は守れる?
認知レジリエンス――脳の働きを守る仕組みを探る
アルツハイマー病というと、脳にアミロイドβやタウという異常なタンパク質が蓄積し、やがて記憶力が低下していく病気だと考えられています。
ところが、興味深いことが分かってきました。
脳にアルツハイマー病の特徴的な病理が認められても、記憶力や判断力が比較的よく保たれている人がいるのです。
同じように病理が蓄積していても、認知機能が低下する人と、そうでない人がいる。この違いは、いったいどこから生まれるのでしょうか。
近年、この謎を解く鍵として注目されているのが、「認知レジリエンス(cognitive resilience)」という考え方です。
■ 認知レジリエンスとは何か
レジリエンスとは、もともと困難や障害に直面しても、機能を保ったり回復したりする力を意味します。
認知レジリエンスとは、脳に病理が存在していても、その程度から予想されるより認知機能が良好に保たれている状態を指します。
ここで、よく似た二つの概念を区別しておきましょう。
レジスタンス(抵抗性)は、脳に病理が生じにくい、あるいは蓄積しにくいことです。
一方、レジリエンス(機能的な強さ)は、病理が存在しても認知機能が比較的保たれることです。
つまり、病気の原因となる変化を抑えることと、変化があっても脳の働きを維持することは、別の問題なのです。
ただし、認知機能の個人差には、病理の量だけでなく、病理の分布、脳血管病変、他の神経変性病理なども関係します。単純に「同じ量のアミロイドがあれば、条件も同じ」とは言えません。
■ 脳の働きを守る4つの仕組み
認知レジリエンスがどのように生まれるのか、その仕組みはまだ十分に解明されていません。
現在、特に注目されているのが次の4つです。
① シナプスの維持
脳の神経細胞は、シナプスという接続部分を介して情報を伝えています。
アルツハイマー病では、シナプスの障害や減少が認知機能の低下と深く関係します。
逆に、病理が存在していてもシナプスの構造や働きが比較的保たれていれば、認知機能の維持につながる可能性があります。
② 神経炎症の調節
脳には、ミクログリアという免疫細胞が存在します。
ミクログリアは、不要な物質の除去や神経回路の維持に関わる一方、過剰または不適切な反応によって神経細胞やシナプスに悪影響を及ぼすこともあります。
重要なのは、炎症を単純に抑えることではなく、脳の免疫反応を適切に調節することだと考えられています。
③ 神経回路の柔軟性と認知予備能
脳には、一部の働きが低下しても、別の神経回路を活用するなどして機能を補う可能性があります。
こうした柔軟な働きは、認知予備能を支える仕組みの一つと考えられています。
認知予備能とは、脳の加齢変化や病理があっても、認知機能を比較的よく維持できる個人差を説明する概念です。
教育、仕事、知的活動、社会経験などとの関連が研究されていますが、単に神経回路の代償機能だけを意味するものではありません。
④ 脳のエネルギー代謝を支える働き
脳は、体の中でも多くのエネルギーを消費する臓器です。
神経細胞の働きを維持するには、安定したエネルギー供給と適切な細胞環境が欠かせません。
近年は、神経細胞を支えるアストロサイトという細胞にも注目が集まっています。
アストロサイトは、神経細胞の代謝、神経伝達物質の調節、細胞外環境の維持などに関わります。
こうした働きが認知レジリエンスにどの程度寄与するかは、現在研究が進められている段階です。
■ スーパーエイジャーという人たち
認知レジリエンスを考えるうえで興味深いのが、スーパーエイジャー(SuperAgers)と呼ばれる人たちです。
一般に、80歳以上でありながら、50~60歳代に匹敵する優れたエピソード記憶の成績を示す人々を指します。
研究では、スーパーエイジャーの中にも、アルツハイマー病理が少ない人と、病理が認められても記憶力を保っている人がいることが示されています。
前者はレジスタンス、後者はレジリエンスを考えるうえで参考になります。
つまり、優れた記憶力を保つ理由は一つではないのです。
ただし、スーパーエイジャーの特徴がすべての人に当てはまるわけではなく、特定の生活習慣によって誰でもスーパーエイジャーになれると証明されたわけでもありません。
■ 今日からできる5つの取り組み
では、私たちは何をすればよいのでしょうか。
認知レジリエンスそのものを確実に高める治療法は、まだ確立していません。
しかし、脳の健康を守り、認知機能低下のリスクを減らすために役立つ取り組みはあります。
1.血管と代謝を守る
高血圧、糖尿病、脂質異常症、喫煙などは、脳血管障害や認知症のリスクと関係します。血圧、血糖、脂質を適切に管理し、禁煙を心がけることが大切です。
2.体を動かす
ウォーキングなどの有酸素運動に加え、筋力トレーニングも取り入れましょう。体力や身体機能の維持だけでなく、脳の健康にも役立つ可能性があります。
3.人とつながり、頭を使う
人との会話、趣味、読書、新しいことへの挑戦などを続けましょう。社会的なつながりや知的活動は、認知機能の維持に関係すると考えられています。
4.聴力・視力・睡眠を整える
聞こえにくさや見えにくさを放置せず、必要に応じて補聴器や眼科的治療を検討しましょう。睡眠の問題にも適切に対処することが大切です。
5.バランスのよい食事をとる
野菜、魚、豆類、ナッツなどを取り入れ、偏りの少ない食事を心がけましょう。
地中海食やMIND食などが注目されていますが、特定の食事法だけで認知症を予防できると証明されているわけではありません。
大切なのは、どれか一つの方法に頼るのではなく、生活習慣を総合的に整えることです。
■ 生活習慣の改善には、どこまで根拠があるのか
2024年のLancet認知症委員会報告では、難聴、高LDLコレステロール、高血圧、身体活動不足、社会的孤立など、14の修正可能な認知症リスク因子が示されました。
これらへの対策は、認知症の発症を遅らせたり、集団全体の発症リスクを減らしたりする可能性があります。
また、2025年に発表された米国のUS POINTER試験では、運動、栄養、認知活動、健康管理などを組み合わせた構造化された生活習慣介入が、自己管理型の介入と比べて、2年間の全般的認知機能の変化に小さいながら統計学的に有意な差を示しました。
ただし、この結果は「認知症の発症を確実に防いだ」ことや、「アルツハイマー病理があっても認知レジリエンスを高めた」ことを直接証明するものではありません。
生活習慣への介入は有望ですが、その効果を過大評価しないことも重要です。
■ 認知症予防には、二つの方向性がある
これまでのアルツハイマー病研究では、アミロイドβやタウなどの病理を減らしたり、その進行を抑えたりすることに重点が置かれてきました。
実際、アミロイドβを標的とする抗体医薬は、一定の条件を満たす早期アルツハイマー病の患者さんに使用されています。
一方、認知レジリエンスの研究は、病理が存在しても脳の働きをどのように維持できるのかという、もう一つの方向から認知症に取り組もうとするものです。
この二つは対立する考え方ではありません。
病理を減らすこと。そして、脳の働きを守ること。
将来の認知症対策では、この二つを組み合わせる視点がますます重要になると考えられます。
■ おわりに――脳の病理だけが、未来を決めるわけではない
年齢を重ねれば、脳にもさまざまな変化が起こります。
しかし、脳に病理があることと、認知機能が低下することは、必ずしも同じではありません。
脳には、病理に抵抗する仕組みと、病理があっても働きを保とうとする仕組みが存在する可能性があります。
その全容はまだ分かっていませんが、認知レジリエンスの研究は、認知症の理解に新しい視点を与えています。
私たちが今できるのは、血管と代謝を守り、体を動かし、人と交流し、感覚機能や睡眠を整え、バランスのよい食事を続けることです。
それらが認知レジリエンスを直接高めると証明されたわけではありません。それでも、脳と体の健康を守るための大切な取り組みです。
脳の病理を減らすことだけでなく、脳の働きをできるだけ長く保つこと。
そこに、これからの認知症予防の新しい可能性があります。
主な参考文献
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Baker LD, et al. Structured vs Self-Guided Multidomain Lifestyle Interventions for Global Cognitive Function: The US POINTER Randomized Clinical Trial. JAMA. 2025;334(8):681–691.
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Livingston G, et al. Dementia prevention, intervention, and care: 2024 report of the Lancet standing Commission. The Lancet. 2024.
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Stern Y, et al. Whitepaper: Defining and investigating cognitive reserve, brain reserve, and brain maintenance. Alzheimer's & Dementia. 2020.
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Barnes LL, et al. Trial of the MIND Diet for Prevention of Cognitive Decline in Older Persons. New England Journal of Medicine. 2023.
※本記事は医学研究の紹介を目的としたものです。認知機能の低下には、薬剤の影響、甲状腺機能低下症、ビタミンB12欠乏症など、治療によって改善し得る原因もあります。気になる症状がある場合は、医療機関にご相談ください。
認知症の治療は、ここまで進んでいます
認知症の治療は、ここまで進んでいます
「認知症になったら、もう治療法はない」
今でも、そう思っている方は少なくありません。確かに、認知症を完全に治し、失われた記憶を元通りにする薬は、まだありません。
しかし現在では、症状を支える薬に加えて、早期アルツハイマー病の進行を遅らせる治療も始まっています。
ただし、認知症にはさまざまな原因があります。新しい薬が、すべての患者さんに使えるわけではありません。
大切なのは、まず原因と進行段階を正しく見極めることです。
認知症は一つの病気ではありません
認知症とは、記憶力や判断力などが低下し、生活に支障が生じている状態の総称です。
原因となる病気には、アルツハイマー型認知症、レビー小体型認知症、血管性認知症、前頭側頭型認知症などがあります。
原因によって、症状、経過、治療法、注意すべき薬が異なります。
「物忘れがあるから認知症の薬を飲む」というだけでは不十分です。
「治療できる物忘れ」を見逃さない
物忘れや判断力の低下があっても、すべてが脳の神経変性による認知症とは限りません。
甲状腺機能低下症、ビタミンB12や葉酸の欠乏、脱水、低ナトリウム血症、感染症、うつ病、睡眠時無呼吸症候群、薬の副作用などでも、認知症に似た症状が現れることがあります。
また、正常圧水頭症や慢性硬膜下血腫のように、手術によって改善する可能性のある病気もあります。
原因を治療することで、認知機能が改善する場合があります。
特に、数日から数週間で急に悪化した場合や、一日の中で状態が大きく変わる場合は、認知症の自然な進行ではなく、「せん妄」の可能性があります。
感染症、脱水、便秘、痛み、睡眠不足、薬の副作用などが隠れていることがあるため、早めの受診が必要です。
従来の認知症治療薬
アルツハイマー型認知症には、ドネペジル、ガランタミン、リバスチグミン、メマンチンなどの薬が使われます。
これらは、認知症を完全に治す薬ではありません。しかし、記憶、注意、意欲、日常生活機能を一定期間支え、症状の悪化を緩やかにする効果が期待できます。
「根本的に治す薬ではないから意味がない」というわけではありません。
本人が会話、食事、着替え、外出などを続けられる時間を保つことには、大きな意味があります。
一方で、吐き気、食欲低下、下痢、脈が遅くなる、めまい、興奮などの副作用が現れることがあります。年齢、体格、持病などを考慮し、少量から慎重に使用します。
早期アルツハイマー病の新しい治療
現在、日本では早期アルツハイマー病に対して、次の二つの新しい薬が使われています。
レカネマブ(商品名:レケンビ)
ドナネマブ(商品名:ケサンラ)
レケンビは原則として2週間に1回、ケサンラは原則として4週間に1回、医療機関で点滴します。
アルツハイマー病では、症状が現れるかなり前から、脳の中に「アミロイドβ」という蛋白質がたまります。
これらの薬はアミロイドβに結合し、脳内から取り除くように働きます。
「よくする薬」ではなく「進行を遅らせる薬」
それぞれの臨床試験では、新しい抗体薬によって、認知機能と生活機能が低下する速度が、平均して約2~3割緩やかになりました。
ここは、誤解しやすいところです。
「認知機能が2~3割よくなる」という意味ではありません。
治療を受けなかった場合と比べて、悪化する速度を約2~3割遅らせたという意味です。
点滴を受けて、すぐに物忘れが改善する薬ではありません。将来の低下を少しでも先に延ばし、現在の生活をできるだけ長く保つことが治療の目的です。
効果には個人差があり、治療を受けても病気の進行が完全に止まるわけではありません。
誰でも受けられる治療ではありません
新しい抗体薬の対象となるのは、原則として次の段階の患者さんです。
アルツハイマー病による軽度認知障害
軽度のアルツハイマー型認知症
さらに、アミロイドPETまたは髄液検査によって、脳にアミロイドβがたまっていることを確認する必要があります。
血液中のp-tau217などを調べる検査も進歩していますが、現時点では、血液検査だけで治療開始を決めるものではありません。
中等度以上に進行した認知症、アルツハイマー病以外の認知症、認知機能が正常な人には、原則として使用しません。
また、治療前と治療中に、複数回のMRI検査を受ける必要があります。
最も注意すべき副作用
抗体薬で最も注意が必要なのは、脳のむくみや小さな出血です。
これを「ARIA(アリア)」と呼びます。
多くは自覚症状がなく、MRI検査で初めて見つかります。しかし、まれに大きな脳出血や重い神経症状を起こすことがあります。
治療中に、強い頭痛、吐き気、急な物忘れの悪化、意識がぼんやりする、めまい、視力の変化、歩きにくさ、けいれん、手足の麻痺やしびれ、言葉の出にくさなどが現れた場合は、次回の受診日を待たず、治療を受けている医療機関へ連絡してください。
過去に脳出血を起こした人、MRIで小さな出血が多く見つかった人、血液を固まりにくくする薬を使用している人などでは、特に慎重な判断が必要です。
費用と通院について
抗体薬は公的医療保険の対象ですが、薬剤費だけでなく、点滴、診察、MRI、アミロイドPETや髄液検査などの費用がかかります。
実際の自己負担額は、年齢、所得、加入している医療保険によって異なります。高額療養費制度を利用できる場合もあります。
また、定期的な点滴とMRI検査が必要になるため、本人だけでなく、付き添う家族の時間や通院の負担も含めて考える必要があります。
治療効果だけでなく、副作用、費用、通院の負担まで含めて検討する治療です。
薬だけが認知症治療ではありません
新しい薬が登場すると、どうしても薬だけに注目が集まります。
しかし、認知症の治療で本当に守りたいのは、検査の点数ではなく、本人の生活です。
血圧、糖尿病、脂質異常症を治療する。無理のない運動を続ける。食事と睡眠を整える。難聴があれば補聴器を検討する。視力低下や睡眠時無呼吸があれば治療する。
さらに、人との会話や外出を続け、本人の役割や楽しみを残すことも大切です。
こうした日常的な取り組みが、認知機能と生活機能を支えます。
怒りや妄想にも理由があります
認知症では、怒りっぽさ、不安、不眠、幻覚、妄想、徘徊、無気力などが現れることがあります。
しかし、すぐに「認知症の症状だから」と決めつけてはいけません。
痛み、便秘、感染症、脱水、難聴、睡眠不足、薬の副作用、急な環境変化などが、症状を悪化させていることがあります。
本人を叱ったり、間違いを強く訂正したりすると、かえって不安や興奮が強くなることがあります。
ゆっくり話を聞く。
一度に一つだけ伝える。
できないことを責めない。
落ち着いて過ごせる生活のリズムをつくる。
薬を増やすよりも、こうした対応が有効なことも少なくありません。
本人のできることを奪わない
認知症と診断されると、家族は心配して、料理、買い物、金銭管理、外出などを、すべて代わりに行おうとします。
もちろん、火の消し忘れ、詐欺、交通事故などへの対策は必要です。
しかし、何もさせないことが安全とは限りません。役割や活動を失うと、意欲や筋力、判断力が、かえって低下することがあります。
できない部分だけを補い、できることは本人に続けてもらう。
これが、生活機能と尊厳を守る基本です。
「その人らしい時間」を守る
認知症治療の目的は、認知機能検査の点数だけをよくすることではありません。
自宅で暮らす。家族と食事をする。散歩や買い物に出かける。好きなことを楽しむ。自分の役割を持つ。
そのような「その人らしい時間」を、できるだけ長く守ることが本当の目標です。
新しい抗体薬は、早期アルツハイマー病の進行を遅らせる重要な選択肢です。しかし、認知症を元通りに治す薬ではなく、対象となる患者さんも限られます。
認知症の治療は、一本の点滴だけでは完成しません。
治療できる原因を探すこと。適切な薬を選ぶこと。運動、食事、睡眠を整えること。本人のできることを残すこと。そして、本人と家族の生活を地域全体で支えること。
これらを組み合わせることが、現在の認知症治療です。
※この記事は2026年9月時点の情報をもとに作成しています。治療の適応や副作用は、患者さんの状態によって異なります。新しい治療を希望される方は、かかりつけ医または認知症の専門医にご相談ください。
灰になるまで
灰になるまで
大岡越前に、こんな逸話が伝わっています。
ある不貞の男女を取り調べていたところ、男が言いました。
「女性のほうから誘われたのでございます」
ところが、その女性はかなりの高齢でした。大岡越前は、どうも腑に落ちません。「女性というものは、いくつになっても、そういう気持ちがあるものなのだろうか」
家に帰って、年老いた母親に尋ねました。
母親は何も答えません。ただ、火鉢の灰を火箸で静かにかき回したそうです。
それを見て越前は、「なるほど。灰になるまでか」と悟った――。
有名な話ですが、大岡忠相の史実として確認されたものではなく、後世に伝えられた逸話の一つのようです。それでも、なかなか味わいのある話です。
当院には、男性更年期やEDについて相談される患者さんがいらっしゃいます。
これまでで最高齢だったのは、90歳の男性でした。つい1年ほど前までは、奥様との夫婦生活があったそうです。しかし最近、それが難しくなってきた。それで相談に来られました。
血液検査をすると、総テストステロンは正常範囲でしたが、遊離テストステロンは2.0と低下していました。
一方、精巣に「もっとテストステロンを作りなさい」と指令を出すLHは15.0と上昇していました。PSAは0.5でした。
年齢を考えれば、身体には当然さまざまな変化が起こります。しかし興味深いのは、身体の老化と、人の気持ちは必ずしも同じ速度では進まないということです。
私たちは、高齢になっても食欲があれば「よく召し上がれますね」と喜びます。旅行に行けば「お元気ですね」、趣味を続けていれば「素晴らしいですね」と言います。
ところが性についてだけは、なぜか「もう、その年なのだから」となりがちです。
けれども性は、単に子どもをつくるためだけのものではありません。長く連れ添った夫婦にとっては、触れること、抱き合うこと、相手を異性として感じることも、大切なコミュニケーションの一つでしょう。
90歳のその男性も、若者に戻りたいわけではありません。
昨日まで当たり前にあった夫婦の時間が、最近うまくいかなくなった。だから医者に相談してみようと思った。
ただそれだけのことです。
医学はずいぶん進歩しました。人生100年時代ともいわれます。
それなら私たち医療者も、「何歳まで生きるか」だけでなく、「その年齢をどう生きるか」を考えなければならないのでしょう。
食べることも、歩くことも、眠ることも、人を好きでいることも。
年齢だけを理由に、どこかで線を引く必要はありません。
大岡越前の母親は、難しい医学用語を一つも使わず、それを火鉢一つで表現しました。
「灰になるまで」
昔の人は、ときどき驚くほど人間をよく見ています。
夏バテを防ごう! 水分・栄養・睡眠で元気な夏を
夏バテを防ごう!
水分・栄養・睡眠で元気な夏を
毎年夏になると、
「何となくだるい」
「食欲がない」
「疲れが取れない」
という患者さんが増えてきます。
このような状態は、一般に**「夏バテ」**と呼ばれています。
夏バテは病名ではありませんが、暑さによる体への負担が積み重なることで起こる体調不良です。ちょっとした生活習慣の工夫で予防できることも少なくありません。
夏バテはなぜ起こるのでしょうか?
夏は高温多湿の環境が続きます。
汗をたくさんかくことで、水分や電解質(塩分など)が失われます。また、暑さで食欲が低下し、睡眠の質も悪くなりがちです。
その結果、
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水分不足
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栄養不足
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睡眠不足
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自律神経への負担
が重なり、体の回復が追いつかなくなります。
これが「だるい」「疲れやすい」「食欲がない」といった夏バテの症状につながります。
夏バテを防ぐ5つのポイント
① 水分をこまめにとりましょう
のどが渇いてからでは遅いことがあります。
少量ずつ、こまめな水分補給を心掛けましょう。
大量に汗をかいた時には、水分だけでなく塩分の補給も大切です。
※高血圧や心不全、腎臓病などで塩分制限中の方は、主治医の指示に従ってください。
② 毎食たんぱく質を
肉・魚・卵・大豆製品などのたんぱく質は、筋肉だけでなく免疫や体の修復にも欠かせません。
暑くても、毎食少しずつ取り入れましょう。
③ 主食も適量食べましょう
「夏はそうめんだけ」
という方も多いですが、それだけでは栄養が偏ってしまいます。
糖質は体の大切なエネルギー源です。
極端な糖質制限ではなく、自分に合った適量を心掛けましょう。
④ 野菜・果物も忘れずに
野菜や果物にはビタミンやミネラル、食物繊維が豊富に含まれています。
食欲がない時でも、彩りのよい副菜を一品添えるだけで栄養バランスが改善します。
⑤ 良い睡眠を
睡眠は最高の疲労回復法です。
寝室を涼しく保ち、エアコンも上手に利用しましょう。
「そうめんだけ」では栄養不足になりがちです
暑い日は冷たいそうめんがおいしく感じます。
しかし、そうめんだけでは、
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たんぱく質
-
ビタミン
-
ミネラル
が不足しやすくなります。
おすすめは、
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卵
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鶏肉やささみ
-
豆腐
-
納豆
-
野菜
を組み合わせることです。
「主食+たんぱく質+野菜」を意識するだけで、栄養バランスはぐっと良くなります。
食べた栄養は体のエネルギーになります
私たちの体では、食事から摂った栄養と酸素を利用してエネルギー(ATP)が作られています。
このエネルギーが、歩く、考える、体温を保つ、筋肉を動かすなど、日常のあらゆる活動を支えています。
夏バテはミトコンドリアだけが原因ではありませんが、水分・栄養・睡眠が十分であれば、体はエネルギーを効率よく作りやすくなります。
漢方薬も役立つことがあります
夏バテの症状や体質によっては、漢方薬が役立つことがあります。
代表的なものには、
清暑益気湯(せいしょえっきとう)
暑さで体力を消耗し、
-
食欲がない
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だるい
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夏やせ
などの方に用いられます。
補中益気湯(ほちゅうえっきとう)
体力が落ち、
-
疲れやすい
-
胃腸が弱い
-
病後の体力低下
などに使われます。
六君子湯(りっくんしとう)
胃もたれや食欲不振が中心の方に向いています。
五苓散(ごれいさん)
水分バランスの乱れによる、
-
のどの渇き
-
尿量減少
-
むくみ
-
頭痛
などに用いられます。
漢方薬は体質や症状に合わせて選ぶことが大切です。自己判断で使用せず、医師や薬剤師に相談しましょう。
このような症状は早めに受診しましょう
次のような症状がある場合は、夏バテだけではなく熱中症や感染症などが隠れている可能性があります。
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水分が飲めない
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繰り返し吐いてしまう
-
強いだるさで動けない
-
高熱が続く
-
尿がほとんど出ない
-
意識がぼんやりする
早めの受診をおすすめします。
高齢者は特に注意
高齢になると、
-
のどの渇きを感じにくい
-
暑さを感じにくい
ことがあり、知らないうちに脱水になっている場合があります。
エアコンを我慢せず、こまめな水分補給を心掛けましょう。
ご家族も、食事や水分摂取の様子を見守ってあげてください。
まとめ
夏バテは、暑さによる体への負担に加え、水分不足、栄養不足、睡眠不足などが重なって起こります。
予防の基本は、
-
こまめな水分補給
-
バランスの良い食事
-
十分なたんぱく質
-
良い睡眠
-
暑さを我慢しないこと
です。
「少し疲れたから」と無理をせず、早めの休養を心掛けましょう。
症状が長引く場合や、食事や水分が十分に取れない場合は、他の病気が隠れていることもありますので、早めに医療機関へご相談ください。
和MIND食 Vol.2 DHAは脳へ届く。それでも「DHAだけでは足りない」理由
和MIND食 Vol.2
DHAは脳へ届く。それでも「DHAだけでは足りない」理由
はじめに
前回の「和MIND食 Vol.1」では、DHAに関する最新研究をご紹介しました。
その研究では、DHAサプリメントを摂取すると、血液中だけでなく脳へもDHAが届くことが確認されました。
これは、とても重要な発見です。
一方で、認知機能を改善する効果は期待したほど大きくありませんでした。
「脳まで届くのに、なぜ記憶は改善しないのでしょうか。」
今回は、その理由について考えてみたいと思います。
DHAは「脳の材料」
脳は約60%が脂質でできています。
その中でもDHAは、神経細胞の膜を構成する重要な脂肪酸です。
神経細胞は、お互いに情報をやり取りしながら記憶を作っています。
そのため、細胞膜が健康であることは、とても大切です。
DHAは、その「材料」を補う役割を担っています。
材料だけでは家は建ちません
しかし、家を建てるには木材だけでは足りません。
基礎があり、
柱があり、
電気や水道が整って、
初めて家として機能します。
脳も同じです。
DHAという材料があっても、それだけでは記憶は十分に働きません。
記憶は「海馬」で作られる
新しい出来事を覚えるとき、中心となるのが海馬です。
海馬では、神経細胞同士の結びつきが強くなることで記憶が作られます。
この仕組みは長期増強(LTP)と呼ばれ、最近では「記憶スイッチ」と考えられています。
このスイッチを正常に働かせるためには、DHAだけでは十分ではありません。
記憶は栄養のチームプレー
現在の研究では、
記憶を支えるためには、
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DHA
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亜鉛
-
ビタミンB12
-
葉酸
-
鉄
-
ビタミンD
-
マグネシウム
など、多くの栄養素が協力して働いていることが分かってきました。
一つだけが特別なのではなく、それぞれが異なる役割を担っています。
つまり、
記憶は「栄養のチームプレー」なのです。
だから和MIND食
和MIND食は、
「この食品だけ食べれば認知症を防げる」
という考え方ではありません。
魚、
大豆、
野菜、
海藻、
きのこ、
果物、
ナッツ、
発酵食品……
さまざまな食品を組み合わせることで、脳に必要な栄養素をバランスよく補うことを目指しています。
一つのサプリメントではなく、
毎日の食卓全体で脳を支える。
それが和MIND食の考え方です。
おわりに
DHAは、脳にとって欠かせない栄養素です。
しかし、最新の研究が教えてくれたのは、
「DHAだけでは十分ではない」
ということでした。
認知症予防は、一つの栄養素を追い求める時代から、
さまざまな栄養素を組み合わせて脳を守る時代
へと変わりつつあります。
和MIND食は、その考え方を日々の食卓で実践するための一つの方法です。
次回予告
海馬には、脳の中でも特に多く存在するミネラルがあります。
それが亜鉛です。
近年、亜鉛は「記憶スイッチ」を支える重要な栄養素であることが分かってきました。
次回は、
「亜鉛は記憶スイッチを支えるミネラル」
をテーマに、最新の研究をご紹介します。

