2026-09-12 08:37:00

認知症の治療は、ここまで進んでいます

認知症の治療は、ここまで進んでいます

「認知症になったら、もう治療法はない」

今でも、そう思っている方は少なくありません。確かに、認知症を完全に治し、失われた記憶を元通りにする薬は、まだありません。

しかし現在では、症状を支える薬に加えて、早期アルツハイマー病の進行を遅らせる治療も始まっています。

ただし、認知症にはさまざまな原因があります。新しい薬が、すべての患者さんに使えるわけではありません。

大切なのは、まず原因と進行段階を正しく見極めることです。

認知症は一つの病気ではありません

認知症とは、記憶力や判断力などが低下し、生活に支障が生じている状態の総称です。

原因となる病気には、アルツハイマー型認知症、レビー小体型認知症、血管性認知症、前頭側頭型認知症などがあります。

原因によって、症状、経過、治療法、注意すべき薬が異なります。

「物忘れがあるから認知症の薬を飲む」というだけでは不十分です。

「治療できる物忘れ」を見逃さない

物忘れや判断力の低下があっても、すべてが脳の神経変性による認知症とは限りません。

甲状腺機能低下症、ビタミンB12や葉酸の欠乏、脱水、低ナトリウム血症、感染症、うつ病、睡眠時無呼吸症候群、薬の副作用などでも、認知症に似た症状が現れることがあります。

また、正常圧水頭症や慢性硬膜下血腫のように、手術によって改善する可能性のある病気もあります。

原因を治療することで、認知機能が改善する場合があります。

特に、数日から数週間で急に悪化した場合や、一日の中で状態が大きく変わる場合は、認知症の自然な進行ではなく、「せん妄」の可能性があります。

感染症、脱水、便秘、痛み、睡眠不足、薬の副作用などが隠れていることがあるため、早めの受診が必要です。

従来の認知症治療薬

アルツハイマー型認知症には、ドネペジル、ガランタミン、リバスチグミン、メマンチンなどの薬が使われます。

これらは、認知症を完全に治す薬ではありません。しかし、記憶、注意、意欲、日常生活機能を一定期間支え、症状の悪化を緩やかにする効果が期待できます。

「根本的に治す薬ではないから意味がない」というわけではありません。

本人が会話、食事、着替え、外出などを続けられる時間を保つことには、大きな意味があります。

一方で、吐き気、食欲低下、下痢、脈が遅くなる、めまい、興奮などの副作用が現れることがあります。年齢、体格、持病などを考慮し、少量から慎重に使用します。

早期アルツハイマー病の新しい治療

現在、日本では早期アルツハイマー病に対して、次の二つの新しい薬が使われています。

レカネマブ(商品名:レケンビ)

ドナネマブ(商品名:ケサンラ)

レケンビは原則として2週間に1回、ケサンラは原則として4週間に1回、医療機関で点滴します。

アルツハイマー病では、症状が現れるかなり前から、脳の中に「アミロイドβ」という蛋白質がたまります。

これらの薬はアミロイドβに結合し、脳内から取り除くように働きます。

「よくする薬」ではなく「進行を遅らせる薬」

それぞれの臨床試験では、新しい抗体薬によって、認知機能と生活機能が低下する速度が、平均して約2~3割緩やかになりました。

ここは、誤解しやすいところです。

「認知機能が2~3割よくなる」という意味ではありません。

治療を受けなかった場合と比べて、悪化する速度を約2~3割遅らせたという意味です。

点滴を受けて、すぐに物忘れが改善する薬ではありません。将来の低下を少しでも先に延ばし、現在の生活をできるだけ長く保つことが治療の目的です。

効果には個人差があり、治療を受けても病気の進行が完全に止まるわけではありません。

誰でも受けられる治療ではありません

新しい抗体薬の対象となるのは、原則として次の段階の患者さんです。

アルツハイマー病による軽度認知障害

軽度のアルツハイマー型認知症

さらに、アミロイドPETまたは髄液検査によって、脳にアミロイドβがたまっていることを確認する必要があります。

血液中のp-tau217などを調べる検査も進歩していますが、現時点では、血液検査だけで治療開始を決めるものではありません。

中等度以上に進行した認知症、アルツハイマー病以外の認知症、認知機能が正常な人には、原則として使用しません。

また、治療前と治療中に、複数回のMRI検査を受ける必要があります。

最も注意すべき副作用

抗体薬で最も注意が必要なのは、脳のむくみや小さな出血です。

これを「ARIA(アリア)」と呼びます。

多くは自覚症状がなく、MRI検査で初めて見つかります。しかし、まれに大きな脳出血や重い神経症状を起こすことがあります。

治療中に、強い頭痛、吐き気、急な物忘れの悪化、意識がぼんやりする、めまい、視力の変化、歩きにくさ、けいれん、手足の麻痺やしびれ、言葉の出にくさなどが現れた場合は、次回の受診日を待たず、治療を受けている医療機関へ連絡してください。

過去に脳出血を起こした人、MRIで小さな出血が多く見つかった人、血液を固まりにくくする薬を使用している人などでは、特に慎重な判断が必要です。

費用と通院について

抗体薬は公的医療保険の対象ですが、薬剤費だけでなく、点滴、診察、MRI、アミロイドPETや髄液検査などの費用がかかります。

実際の自己負担額は、年齢、所得、加入している医療保険によって異なります。高額療養費制度を利用できる場合もあります。

また、定期的な点滴とMRI検査が必要になるため、本人だけでなく、付き添う家族の時間や通院の負担も含めて考える必要があります。

治療効果だけでなく、副作用、費用、通院の負担まで含めて検討する治療です。

薬だけが認知症治療ではありません

新しい薬が登場すると、どうしても薬だけに注目が集まります。

しかし、認知症の治療で本当に守りたいのは、検査の点数ではなく、本人の生活です。

血圧、糖尿病、脂質異常症を治療する。無理のない運動を続ける。食事と睡眠を整える。難聴があれば補聴器を検討する。視力低下や睡眠時無呼吸があれば治療する。

さらに、人との会話や外出を続け、本人の役割や楽しみを残すことも大切です。

こうした日常的な取り組みが、認知機能と生活機能を支えます。

怒りや妄想にも理由があります

認知症では、怒りっぽさ、不安、不眠、幻覚、妄想、徘徊、無気力などが現れることがあります。

しかし、すぐに「認知症の症状だから」と決めつけてはいけません。

痛み、便秘、感染症、脱水、難聴、睡眠不足、薬の副作用、急な環境変化などが、症状を悪化させていることがあります。

本人を叱ったり、間違いを強く訂正したりすると、かえって不安や興奮が強くなることがあります。

ゆっくり話を聞く。

一度に一つだけ伝える。

できないことを責めない。

落ち着いて過ごせる生活のリズムをつくる。

薬を増やすよりも、こうした対応が有効なことも少なくありません。

本人のできることを奪わない

認知症と診断されると、家族は心配して、料理、買い物、金銭管理、外出などを、すべて代わりに行おうとします。

もちろん、火の消し忘れ、詐欺、交通事故などへの対策は必要です。

しかし、何もさせないことが安全とは限りません。役割や活動を失うと、意欲や筋力、判断力が、かえって低下することがあります。

できない部分だけを補い、できることは本人に続けてもらう。

これが、生活機能と尊厳を守る基本です。

「その人らしい時間」を守る

認知症治療の目的は、認知機能検査の点数だけをよくすることではありません。

自宅で暮らす。家族と食事をする。散歩や買い物に出かける。好きなことを楽しむ。自分の役割を持つ。

そのような「その人らしい時間」を、できるだけ長く守ることが本当の目標です。

新しい抗体薬は、早期アルツハイマー病の進行を遅らせる重要な選択肢です。しかし、認知症を元通りに治す薬ではなく、対象となる患者さんも限られます。

認知症の治療は、一本の点滴だけでは完成しません。

治療できる原因を探すこと。適切な薬を選ぶこと。運動、食事、睡眠を整えること。本人のできることを残すこと。そして、本人と家族の生活を地域全体で支えること。

これらを組み合わせることが、現在の認知症治療です。

※この記事は2026年9月時点の情報をもとに作成しています。治療の適応や副作用は、患者さんの状態によって異なります。新しい治療を希望される方は、かかりつけ医または認知症の専門医にご相談ください。