灰になるまで
灰になるまで
大岡越前に、こんな逸話が伝わっています。
ある不貞の男女を取り調べていたところ、男が言いました。
「女性のほうから誘われたのでございます」
ところが、その女性はかなりの高齢でした。大岡越前は、どうも腑に落ちません。「女性というものは、いくつになっても、そういう気持ちがあるものなのだろうか」
家に帰って、年老いた母親に尋ねました。
母親は何も答えません。ただ、火鉢の灰を火箸で静かにかき回したそうです。
それを見て越前は、「なるほど。灰になるまでか」と悟った――。
有名な話ですが、大岡忠相の史実として確認されたものではなく、後世に伝えられた逸話の一つのようです。それでも、なかなか味わいのある話です。
当院には、男性更年期やEDについて相談される患者さんがいらっしゃいます。
これまでで最高齢だったのは、90歳の男性でした。つい1年ほど前までは、奥様との夫婦生活があったそうです。しかし最近、それが難しくなってきた。それで相談に来られました。
血液検査をすると、総テストステロンは正常範囲でしたが、遊離テストステロンは2.0と低下していました。
一方、精巣に「もっとテストステロンを作りなさい」と指令を出すLHは15.0と上昇していました。PSAは0.5でした。
年齢を考えれば、身体には当然さまざまな変化が起こります。しかし興味深いのは、身体の老化と、人の気持ちは必ずしも同じ速度では進まないということです。
私たちは、高齢になっても食欲があれば「よく召し上がれますね」と喜びます。旅行に行けば「お元気ですね」、趣味を続けていれば「素晴らしいですね」と言います。
ところが性についてだけは、なぜか「もう、その年なのだから」となりがちです。
けれども性は、単に子どもをつくるためだけのものではありません。長く連れ添った夫婦にとっては、触れること、抱き合うこと、相手を異性として感じることも、大切なコミュニケーションの一つでしょう。
90歳のその男性も、若者に戻りたいわけではありません。
昨日まで当たり前にあった夫婦の時間が、最近うまくいかなくなった。だから医者に相談してみようと思った。
ただそれだけのことです。
医学はずいぶん進歩しました。人生100年時代ともいわれます。
それなら私たち医療者も、「何歳まで生きるか」だけでなく、「その年齢をどう生きるか」を考えなければならないのでしょう。
食べることも、歩くことも、眠ることも、人を好きでいることも。
年齢だけを理由に、どこかで線を引く必要はありません。
大岡越前の母親は、難しい医学用語を一つも使わず、それを火鉢一つで表現しました。
「灰になるまで」
昔の人は、ときどき驚くほど人間をよく見ています。
