「高血糖の呪い」は本当にある? ― 糖尿病は『今』ではなく『未来』を治療する病気です ―
「高血糖の呪い」は本当にある?
― 糖尿病は『今』ではなく『未来』を治療する病気です ―
「血糖値が少し高いですね。でも症状もないし、もう少し様子を見ましょう。」
以前は、このように考えられることも少なくありませんでした。
しかし現在では、糖尿病は単に「今の血糖値」だけを見る病気ではないことが分かってきました。
血糖値が高い状態が続くと、その影響は血糖値が改善した後も体に残ることがあります。
私は患者さんに説明するとき、この現象を分かりやすく
「高血糖の呪い」
と表現することがあります。
もちろん本当の呪いではありません。
医学的には、代謝記憶、または高血糖記憶と呼ばれる現象です。
高血糖は、体に「悪い記憶」を残すことがある
私たちの体は、多少血糖値が高くても、すぐに痛みや不調として感じるわけではありません。
そのため、
「症状がないから大丈夫」
と思ってしまいがちです。
しかし、体の中では静かに変化が起こっています。
高血糖が続くと、血液中の糖が体のたんぱく質と結び付き、AGEと呼ばれる老化物質が増えます。
AGEは、血管や臓器を少しずつ傷つけ、体の中に慢性的な炎症を起こしやすくします。
その状態が長く続くと、体はその悪い状態を「覚えてしまう」ことがあります。
血糖値が改善しても、その影響がすぐには消えないことがあるのです。
これが、代謝記憶、つまり「高血糖の呪い」と呼ばれる現象です。
本当にそのようなことがあるのでしょうか?
この考え方を強く支持したのが、糖尿病の大規模研究です。
1型糖尿病を対象とした研究では、早い時期から血糖をしっかり管理した人たちは、その後の血糖値が他の人たちと同じくらいになっても、網膜症、腎症、神経障害、心血管病が少ない状態を長く保ちました。
つまり、体は
「昔の血糖状態」
を覚えていたと考えられます。
また、2型糖尿病を対象とした研究でも、早い時期から血糖管理を行うことの利益が、その後も長く続くことが示されました。
これはレガシー効果と呼ばれます。
悪い血糖状態は「悪い記憶」を残し、
早い時期の良い治療は「良い記憶」を残す。
そう考えると、糖尿病治療を早く始める意味が分かりやすくなります。
なぜ「まだ軽い時期」から治療するのか
糖尿病は、血糖値だけの病気ではありません。
心臓、腎臓、血管、脳にも関係します。
最近では、心臓・腎臓・代謝を一つのつながった病態として考えるCKM症候群という考え方も注目されています。
これは、
病気が進んでから治療するのではなく、臓器が傷つく前から守る
という考え方です。
糖尿病だけでなく、
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高血圧
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脂質異常症
-
慢性腎臓病
-
肥満
などを早い段階から整えることが大切です。
最近使われるSGLT2阻害薬やGLP-1受容体作動薬には、血糖値を改善するだけでなく、心臓や腎臓を守る作用もあることが分かってきました。
ただし、これらの薬が「高血糖の呪い」を完全に消してくれるわけではありません。
大切なのは、悪い記憶が深く刻まれる前に、生活習慣と治療を整えることです。
糖尿病治療は、未来の自分への治療
糖尿病治療の目的は、今日の血糖値を下げることだけではありません。
10年後、20年後、30年後の自分を守ることです。
心筋梗塞を防ぐ。
腎不全を防ぐ。
脳卒中を防ぐ。
認知機能の低下を防ぐ。
そのために、今の血糖、血圧、脂質、体重、腎機能を整えていくのです。
おわりに
糖尿病は、「今」の病気ではありません。
未来の自分を守るための病気です。
未来のあなたの心臓も、腎臓も、脳も、今日の血糖値を覚えています。
高血糖が続けば、その影響は「悪い記憶」として体に刻まれ、将来の合併症につながる可能性があります。
一方で、早い時期から生活習慣を見直し、適切な治療を始めれば、その努力もまた「良い記憶」として未来へ受け継がれる可能性があります。
だからこそ、糖尿病治療は「血糖値を下げること」がゴールではありません。
10年後、20年後、そして30年後の健康寿命を守るための医療なのです。
だからこそ、治療は「まだ元気な今」から始める価値があるのです。
※本記事は一般的な医学情報の提供を目的としたものです。実際の治療内容は、年齢、持病、検査結果、生活背景などによって異なります。治療については主治医にご相談ください。
