ARFID(回避・制限性食物摂取障害)とは何か:発達・精神・栄養の交点を読み解く
ARFID(回避・制限性食物摂取障害)とは何か:発達・精神・栄養の交点を読み解く
▶ はじめに
ARFID(Avoidant/Restrictive Food Intake Disorder:回避・制限性食物摂取障害)は、DSM-5(精神疾患の診断・統計マニュアル)に新たに加えられた比較的新しい摂食障害の診断カテゴリです。
その病態は、単なる偏食とは異なり、身体的・心理的・発達的要因が複雑に関与する多因子性の障害であり、臨床では誤診や見逃されることも少なくありません。
▶ ARFIDの診断的特徴(DSM-5-TR準拠)
ARFIDは以下のような症状を呈する摂食障害の一種で、以下4つのうちいずれかに該当すれば診断対象となります:
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臨床的に意味のある体重減少または発育不全(小児)
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重大な栄養欠乏
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栄養補助(経管栄養や経静脈栄養)が必要な状態
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心理社会的機能障害(例:外食の極端な忌避、社交不安)
重要なのは、神経性やせ症や過食症に見られるような身体像のゆがみや体重への執着がない点です。
▶ ARFIDの成因:原因か結果か?
◼ 「原因」としてのARFID
極端な栄養制限が中枢神経系やホルモンバランスに影響し、不安障害・抑うつ・注意障害を二次的に誘発することがあります。
栄養学的に見ても、以下のような微量栄養素の欠乏が臨床的に確認されます:
栄養素 | 欠乏の影響 |
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ビタミンB1 | イライラ、不安、記憶障害(ウェルニッケ脳症の前駆症状) |
鉄・亜鉛 | 注意力低下、無気力、不安の増悪 |
マグネシウム | GABA低下 → 神経過敏・パニック発作様症状 |
ビタミンD | 抑うつ、免疫機能の低下 |
発達障害(特にASDやADHD)、不安障害、トラウマ体験などが一次的背景因子として存在し、食行動異常が二次的に出現することもあります。
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ASDでは感覚過敏やこだわり行動が、
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パニック障害や社交不安障害では窒息や嘔吐への恐怖が
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心的外傷後ストレス障害(PTSD)では条件づけによる回避行動が
それぞれARFIDの誘因となり得ます。
▶ 臨床心理・催眠療法・心身医学からの示唆
ARFIDの治療においては、意識化されない恐怖・嫌悪・身体感覚の過敏性がしばしば根底に存在します。
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催眠療法(臨床催眠)により、回避の起源となる無意識的記憶の探索と再処理が有効なケースがあります。
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心身医学的には、食物と感情記憶(特に不安や拒絶)との連関に着目し、感覚処理障害や自律神経機能異常への理解が重要です。
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認知行動療法(CBT-AR)では、回避行動に対する曝露と行動修正が中核的アプローチとなります。
▶ 最新研究の紹介:ARFIDと併存疾患
2025年に発表されたスウェーデンの大規模疫学研究(PMID: 40074527)では、ARFIDと神経発達症・精神障害の併存リスクが以下のように報告されています:
併存疾患 | オッズ比(ARFID群 vs 非ARFID群) |
---|---|
自閉スペクトラム症(ASD) | 13.7倍 |
ADHD | 9.4倍 |
パニック障害 | 15.3%が診断該当 |
分離不安障害 | 29%の有病率 |
▶ 治療アプローチ:多職種・多領域的介入が鍵
ARFIDの治療は「心理」「栄養」「医療」「発達支援」すべてを含む包括的介入が求められます。
🧠 心理療法
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CBT-AR(認知行動療法による食行動修正)
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ACT(アクセプタンス&コミットメント療法)
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臨床催眠による感覚過敏・恐怖記憶への働きかけ
🩺 医学的管理
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栄養欠乏の補正(鉄、亜鉛、マグネシウム、ビタミンB群など)
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成長・内分泌モニタリング
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不安・抑うつが強い場合は慎重な薬物療法(SSRIなど)
🤝 家族支援
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食卓環境の調整
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非強制的な食行動支援
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食事場面の心理的安全性確保
▶ おわりに:ARFIDを「偏食」と片付けないために
ARFIDは、表面的には食の問題に見えても、その背景には発達、感覚、心理、身体の深い相互作用が存在します。
適切な評価と個別化された支援があれば、回復可能な障害でもあります。
ARFIDの本質を理解し、症状の奥にある「ことばにならない体験」へ臨床家が寄り添うことが、最も有効な治療介入の第一歩です。
疑わしい場合には、小児精神医学の専門家を受診してください。