2024-12-31 00:22:00

精神栄養学について

大学時代の生化学の恩師である香川靖雄女子栄養大学副学長の著書「92歳 栄養学者 ただの長生きではありません!」を読んだ。氏が認知症予防のために葉酸の研究をしていたのは知っていたが、「精神栄養学」という新しい分野に関わっていたのを初めて知った。

 

精神栄養学とは、食事や栄養が心の健康にどのように影響を与えるかを探求する学問だ。うつ病、不安症、認知症といった精神疾患の予防や改善を目的に、食事の質や栄養素がどのように作用するのかを科学的に研究するこの分野は、従来の薬物療法を補完するアプローチとして注目を集めている。

 

香川氏の著書を読み進める中で、葉酸が精神的健康や認知症予防においていかに重要な役割を果たすかを改めて学んだ。葉酸は脳内の神経伝達物質であるセロトニンやドーパミンの生成に関与している。不足すると、気分の低下や集中力の低下が起こる可能性がある。また、認知症リスクを高めるホモシステイン濃度を低下させる働きも持っているため、適切な葉酸の摂取は脳の健康維持に欠かせない。香川氏が早くから葉酸の重要性に注目し、その摂取を推奨してきた理由がここにある。

 

また、精神栄養学では「腸脳相関(Gut-Brain Axis)」という新しい概念が注目されている。腸内環境が精神的健康に大きな影響を与えるという研究が進んでおり、発酵食品や食物繊維が腸内細菌叢を整えることで、気分の安定やストレス軽減に寄与する可能性が示されている。香川氏が和食の重要性を説き、納豆や味噌などの発酵食品の摂取を推奨してきたことは、この研究とも深くつながっている。

 

さらに、精神栄養学の研究では、地中海式食事や抗炎症食のような特定の食事パターンが、精神疾患のリスクを低下させる可能性があることが明らかになってきている。魚、野菜、果物、ナッツ、オリーブオイルなどを中心とした地中海式食事は、抗炎症作用を持ち、うつ病や認知症の予防に役立つとされている。これらの食材が豊富に含まれる和食の伝統的な食文化は、実は最先端の精神栄養学の視点から見ても非常に理にかなったものだと言える。

 

精神栄養学は、まだ発展途上の分野だが、今後の医療や健康維持において重要な役割を果たす可能性を秘めている。食事を改善することで心の健康をサポートするこの新しいアプローチは、薬物療法に代わる選択肢を提供するだけでなく、予防的な観点からも大きな意義がある。特に個別化医療の進展により、遺伝情報や腸内環境に基づいた「パーソナライズド栄養療法」が普及することで、より効果的な治療や予防が可能になるだろう。

 

香川靖雄氏が長年提唱してきた「バランスの取れた食事」の重要性は、現代の精神栄養学とも通じる普遍的なテーマだ。食事が体だけでなく心にも影響を与えるという考え方は、私たちが日々の生活を見直すきっかけを与えてくれる。この著書を通じて、精神栄養学という新しい視点から香川氏の研究を再評価することで、栄養学の未来にさらなる可能性を感じた。