テストステロン補充療法におけるPSA測定の重要性
テストステロン補充療法におけるPSA測定の重要性
テストステロン補充療法(Testosterone Replacement Therapy, TRT)は、加齢やその他の要因による低テストステロン状態(低T症候群)の治療法として広く行われています。筋肉量の増加、エネルギーレベルの改善、性欲の回復といった効果が期待されますが、その一方で、安全性に関する懸念も存在します。その中でも特に重要なのが、前立腺の健康に関するリスクです。
TRTを行う前に必ず確認すべき項目の一つが、PSA(前立腺特異抗原)値の測定です。この記事では、TRTにおけるPSA測定の重要性を解説します。
テストステロンと前立腺癌の関係
まず、テストステロン補充療法が前立腺癌に与える影響について、科学的な知見を整理します。
1. 正常な前立腺細胞の癌化の可能性は低い
多くの研究で、正常な前立腺細胞がテストステロン補充によって直接的に癌化するリスクはほぼ否定されています。この点において、TRTは比較的安全とされています。
2. 既存の前立腺癌への影響
しかし、すでに前立腺癌が存在する場合、話は異なります。
テストステロンは前立腺組織の成長を促進するホルモンであるため、未発見の前立腺癌を悪化させる可能性があります。このため、TRTを開始する前に前立腺癌がないことを確実に確認する必要があります。
3. 低テストステロンと前立腺癌の悪性度
興味深いことに、低テストステロン状態の人が罹患する前立腺癌は、悪性度が高いことが指摘されています。これにより、低テストステロンの患者におけるPSA測定と前立腺癌スクリーニングの重要性がさらに高まります。
PSA測定の重要性
PSA(前立腺特異抗原)は、前立腺から分泌されるタンパク質で、血中濃度が上昇している場合、前立腺癌や前立腺肥大症、炎症などの可能性が示唆されます。TRTを安全に行うためには、以下の理由からPSA測定が不可欠です。
1. 基準値の確認と経過観察
TRTを行う前に、PSA値を測定し、基準値を確立しておくことが重要です。治療中は定期的にPSA値をモニタリングすることで、異常の早期発見が可能となります。
2. PSAが2.5以上の場合の対応
PSA値が2.5を超える場合、泌尿器科医への紹介が推奨されます。特に、PSAが高値であるにもかかわらず治療を開始すると、未発見の前立腺癌が進行するリスクがあります。
3. 家族歴のある患者のリスク管理
前立腺癌の家族歴がある患者では、PSA値が基準範囲内であっても、さらに慎重な管理が必要です。この場合、PSAだけでなくMRIや前立腺生検を考慮することもあります。
実際の診療における対応
TRTを行う際には、以下の手順を徹底することが推奨されます。
1. TRT開始前のPSA測定
PSA値を測定し、基準値を記録する。特に50歳以上や家族歴のある患者では、初期段階での評価が重要です。
2. TRT中の定期的なモニタリング
TRTを開始した後も、定期的にPSAを測定します。PSA値が急激に上昇した場合や、増加速度(PSAダブリングタイム)が速い場合は、早急に専門医に相談します。
3. 前立腺癌のスクリーニング
高リスク患者(家族歴や以前の異常値がある場合)には、PSAに加えてMRIや直腸診を含むスクリーニングを実施します。
まとめ
テストステロン補充療法は、多くの患者にとって生活の質を向上させる可能性のある有用な治療法です。しかし、前立腺癌のリスクを見逃さないためには、PSA測定が不可欠です。TRTを検討する際には、医師と相談の上、リスク評価をしっかり行い、安全な治療計画を立てることが大切です。
患者としても、PSA値や前立腺の健康について理解を深め、必要な検査を積極的に受ける姿勢が求められます。
参考文献:
• J Sex Med. 2022 Mar; 19(3): 471-478.
• その他、最新の泌尿器科ガイドライン